メソッド屋のブログ

米マイクロソフト Software Development Engineer 牛尾の日記です。ソフトウェア開発の上手なやり方を追求するのがライフワーク。本ブログは、個人の意見であり、所属会社とは関係がありません。

令和の時代に本を読む必要はあるだろうか?

 私は本来本好きの人間であるが、最近はめっきり本を読む機会が少なくなった。技術を学ぶなら pluralsightとかのビデオのコースもあるし、Webの公式ドキュメントも充実している。よしんば本を読んでも紙ではなくKindle が多い。ブックマークもつけれるし、サーチもできるし、老眼にもやさしい。本ってもうオールドファッションのメディアじゃないだろうか?

 最近本を書く機会があって、そんなことを考えたので久々にはてなのブログのほうで考えたことを書いてみたい。

本を書くべきかどうかの葛藤

 私は米国のマイクロソフトで Azure Functions というサーバーレスのサービスの開発者として勤務している。アメリカで働いているので日本で本を書こうとか全く考えていなかったが、ある日文藝春秋の山本さんが突然コンタクトをとって来て「本を出しませんか」と言われた。私は普段はnoteで自分の学んだことを、自分のための記録としてブログを書いているのだが目に留まったらしい。

 こんなことを書くのはこのブログが初めてなのだが「わーうれぃしい!本書けるぞ!」とは思わなかった。正直にいうと私の感想は「今の時代に本書いてどうかなるんやろか?」だった。自分の最も大切といえる「時間」を本に投資していいものか。自分はエンジニアとして一流になりたいのでそちらの方に時間を使うべきではないだろうか?

note.com

本を書いて何になるのだろうか?

 私は過去に数冊本を書いたことがあるので、本を書く大変さは経験済みだ。物凄く時間がかかるし、きっとものすごくベストセラーにでもならない限り本業に集中している方がお金になるだろう。みんなが思っている以上に本の著者というのは儲からない。そもそも正直私はお金に興味がない。ギターやプログラミングがうまくなる方が1000倍以上嬉しい。

 だから、過去の執筆のモチベーションは何だったかというと、「自分が実際に体験して学んだことで、絶対にみんなに役にたつんちゃう?」ということをシェアすることだった。実際に著者になって、技術者の中でという狭いくくりだがベストセラーを書いたこともあるが、自分にとって良かったことはコミュニティに行ったときに「オブ脳を書いた牛尾さん」と認識される効果ぐらいだった。

そもそも最近俺本あんまり読んでいない

 もっと言うならば、私自身が最近本を読まなくなった。技術を学びたいなら先に紹介したようなオンラインのビデオのコースとかめっちゃわかりやすいし、プログラミング練習するなら、LeetCode とかのサービスもある。例えばC# や、Azure を勉強したかったらマイクロソフトの公式サイトが超絶充実しているうえに丁寧なラーニングコースもある。しかも何が良いって常に情報が最新でアップデートできる。

learn.microsoft.com

 だから正直本を読む機会は相当に減っている。本はこうはいかない。こういう風にすぐにアップデートされる技術やリファレンスには向いていないし、本を常に最新に保つなど一人の人間ができることでもないだろう。

 本を読むにしても物理本はかさんですぐに本棚がいっぱいになるし重い。Kindle は、重くならないし、サーチもできるし、ブックマークも便利。大きなディスプレイで見ると老眼にも優しいし、最高だ。正直私は本はオールドファッションのメディアというイメージがあった。本屋さんの数もすくなくなってるように思う。

依頼を断らなかった理由

 結局私は依頼を断らなかった。それには理由が二つある。ブログは本にするために書いているわけではない。ただ、マイクロソフトで働いて、米国に移住してガチの世界一流のエンジニアと働ける幸せな環境で、私自身がものすごくびっくりしたり、衝撃を受けたことが沢山あるからだ。

 だから「自分が実際に体験して学んだことが、絶対にみんなに物凄く役にたつんちゃう?」というモチベーションでブログを書いていた。だから私のブログは有料にしたことがないが、このモチベーションで自分がラッキーにも得られた知識や経験を「おすそ分け」して貢献している感じだからだ。この辺りはオープンソースや技術コミュニティで育ったのでそういう意識があるかもしれない。そして、もう一つは自分自身が「本はオールドファッション」と思いつつも何か割り切れないことがあったからだ。

一行でも読むところがあったら

 自分の親せきで「茂木家」というファミリーがいる。彼らにはとてもお世話になって、その茂木のおじさんは本人も最高に魅力的な人で、子供を東大に無理なく合格させて、国際弁護士を2人も出している。他の人もみんないい人でめっちゃくちゃ賢くて、あんまり賢くない自分からは羨望の一家だった。もう亡くなった茂木のおじさんは私に言ったことがある。

つよしくんよ。本はな、一行でも読むところがあったら躊躇なく買うんだよ。

 それ以来、私は茂木のおじさんの言う通りのことを実行して、確かに積読とかもあるけど、きっとそのおかげもあって、今ここに立てている。だから自分のパッションに加えて、自分がお世話になってきた「本」に対する愛情が自分を後押しして依頼を受けることにした。学生時代に自分がどんなにダメで、周りの人にバカにされている時も、茂木のおじさんだけは自分に「つよしくんは優秀や」って言い続けてくれた。自己肯定感がめっちゃ低かった自分が当時がんばれたのはこの言葉のおかげだったから。そんなことを思い出した。

本の中の人を体験する

 さて、受けてみると本づくりの作業は興味深いものだった。過去の著作と違って、今回は「ビジネス書」なのだ。(従来の書作は基本的に技術書の出版社さんだった)だから、自分も体験したことのないことを沢山体験した。まずは編集の山本さんの編集力と構成力だ。本は私のブログをベースにしたもの、新作、そしてそれらを整理して最新の経験・知識をもとにアップデートしている。

 ただ、私はADHDなので、整理力は全くないし、そもそも大阪弁しかしゃべれない。だけど、山本さんは魔法のようにすべての情報を整理して、自分の文書を「原作:牛尾」と言っていいぐらいプロフェッショナルな文章にしてくれたし、内容のピックアップや構成も自分やったら絶対できへんレベルにしてくれた。ほんまプロもの凄い国語力。

 誰かはしらないけど校閲さんも凄かった。ファクトチェックや言い回しのわかりにくいところとか全部見つけてこうしたらいいというアドバイスしたり、重複をのぞいたり、自分ですら認識していないこと(例えば私が何年にアメリカに渡った時に自分は何歳だったか)そんなんわしもあんまりはっきり認識してないことを全部見つけてくれて、仕上がった本を読んだら、プロクオリティの仕上がりになっていた。

表紙のデザインもめっちゃええ感じやし、イラストも自分のあいまーーーーいな落書きのようなものをすっごくかっこいいものにしてくれた。

 だから、みんな作者がすごいと思うかも知らんけどちゃうで。あれは全部私の体験したこと、考えたことではあるけど、漫画でいうと「原作:牛尾 作画:山本 校正:校閲さん イラスト:docco さん デザイン:古屋さん」みたいなチームでできた作品やで。

さらなる体験

 さらにおもろかった体験としては本の帯がある。自分は単なるサラリーマンなので、有名人とのコネクションなどあろうはずもない。自分が身近に知っている有名人のMaxはたぶん澤円さんだろう。山本さんは私に「帯で推してもらえる人見つけてきました~」と言われて誰がこんな誰もしらんやつ推してくれるねん?と思ったら落合陽一さんと、楠木建さんだった。もちろん私は面識など全くない。もうなんで推してくれたのか全くわからなかった。だって、こんな誰もしらんやつ推しても彼らの得になるとはとても思えないから。

 しかも本読むとなると、ちょっとだけでもかなり時間を使ってしまうはずで。それはたぶん忙しい有名な方にとってはおそらく金よりも大切なものだと思う。だから、山本さんに聞いた。そしたら「本の業界のために新しい著者のことを応援してくれる方も多いみたいですよ」とのことだった。この件に関してはなんと楠木さんが次のように回答してくれた。

こんなんめっちゃ恐縮やけど、マジでめっちゃええ人としか言いようがない。

令和の時代に本を読むことの価値

 こんな体験をして、今の時代に本を読む価値をも一度考え直してみた。本は明らかにスピードではWebやブログに劣るし、わかりやすさというものでも動画に負けるかもしれない。でも、一つ物凄くすぐれていることに気が付いた。それは次の要素だ。

  • 自分のスピードで読める。つまりゆっくり読める
  • まとまった情報をプロの手で整備された最高の読みやすさで読める
  • 他の人が何年もかけて経験したり獲得した知識を数時間~数日もしくは数か月で獲得できる

それぞれ説明してみよう

自分のスピードで読める

 本の価値は「スピード」でそもそも無いのだ。それは「スロー」だ。アメリカのクラウド開発の現場で働いていると面白いことに気が付く。みんな思ったより慎重でゆっくりでスローなのだ。日本から見たらアメリカは最新の技術の導入が早いイメージがあるかもしれないが、それを生み出している場所で勤務していても、実は「速い」感はまるでない。というか新しい技術が公開されたときに「とびつく」速度は日本の方が100倍速い感じだ。アメリカの場合は、思ったより時流に流されずに「着実に学んで、実際にやって、積み重ねる」ことを地道にちゃんとやるので、気が付いたら世界でも進んでいたというノリだ。そもそも物事をちゃんと理解するのは時間がかかるし、技術の習得も一朝一夕に10分で学べるものでもない。

 本はその点とてもよい。本の製作チームが手間暇かけて時間をかけて作ったもの自分のペースで読める。重要なことは表面的に「わかった気になること」ではなく、読者の人が本を読んで、それが「行動に反映」されたときに価値が出ると思う。動画はさっと物事をふわっとわかることには向いているが、本のように、「ここの意味どういうことやろ?」と気になったことを推敲したり、調べたり、読み返したり、いろいろ考えたりする暇がない。物事を身に着けるにはそういうのが必要で、だから、「スロー」であることが価値なのだと思う。

まとまった情報をプロクオリティで読める

 このブログもそうだけど、日本語や構成に関してはプロがやったものには到底及ばない。まとまったことを深く理解したいときに、本は最高だ。コンサルの時には新しい分野を学ぶときは、偏らないように4種類の同じトピックの本を読めなんてアドバイスもあって実際にやっていた。

 今は技術者だが、ブログや公式のドキュメントがどんなに充実していても、ものすごくイケてる技術者の人が書いた技術書は書いてある内容の濃度は最高なうえに、編集されてるからブログとかよりずっとずっと読みやすい。

 ついでに言うと、「紙」の本って Kindle ばっかり買っている今から久々に紙の本を買ってみると、そのユーザビリティの最高さに驚いている。ページをめくる感覚や手触り、本を集中して読みたいときは、ディスプレイよりやっぱ紙のほうが世間を離れられるし、集中もできる。たぶん将来は「紙」の本は贅沢品になるのではないだろうか。

他の人が何年もかけて経験したり獲得した知識を数時間~数日もしくは数か月で獲得できる

本は「スロー」であるが「獲得」できるものは強力だ。英語でブッククラブを主催しているNatsukoさんはこんなことをつぶやいていた。ほんまその通りやなぁ。

ちなみに、私が今季読んでよかったなー。思った本を適当に上げておく。どの本も自分のピンチを救ってくれて、実力をぐっと押し上げてくれた感覚がある。

www.amazon.co.jp

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技術者じゃない人のために、今年じゃないけど、スキップマネージャの Anirudhに進められて、日々自分の糧にしている Atomic Habit。そして休む意味を学べる Time off。

Amazon.co.jp: ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣 eBook : ジェームズ・クリアー, 牛原眞弓: 本

Amazon | Time Off: A Practical Guide to Building Your Rest Ethic and Finding Success Without the Stress | Fitch, John, Frenzel, Max, Suzuki, Mariya | Management & Leadership

ちなみに、ビルゲイツは、毎年50冊ぐらいの本を読むらしい。毎年お勧めの本を紹介しているが、彼のように先見の明のある人で、最新のテクノロジーに触れている人でも「本」を学びのツールとして使っているのはやはりこれが学びの手段として優秀だからだろう。この記事もビルゲイツがどういう戦略で本を読んでいるか書いてあって勉強になる。

eab.com

この記事のポイントをかいつまむと、ビルゲイツは本を読むときに

  • ノートを取りながら読む。中身を振り返るのに有用だから
  • 本のすべてを読み終える。そうでないと、重要なポイントや作者の意図を誤解するから
  • 自分にやさしく。自分が心地よいペースで読む
  • 少なくとも1時間確保して読む
  • コンテキストを得る。本を読んだら理解のベースができる。全体のフレームワークを理解したら、いろんなところに適用できる。そしたら楽に細かいことが記憶できる

らしい。この読み方だと絶対紙の方が良さそう。

令和の時代に本を読む価値

こんな経験を積んで、今の自分は「もっと本を読まなあかんなぁ」という気分になっている。やっぱり本は勉強の最強ツールであるのに安いしほんま最高。茂木のおじさんに言われた通りやっぱり一行でも読むところがあったら買うポリシーで行こう。これはたぶんある意味チャンスだ。きっと多くの人は本を少しづつ読まなくなっているから、自分は読む Habit を身に着けて、それを積み重ねるときっと自分の目標である「自信をもってソフトウェアエンジニアと言える」レベルの自分にきっと近づけるから。

もしよかったら、チームで作ったわしの本も読んでみてな。よかったら紙で。