メソッド屋のブログ

米マイクロソフト DevOps エバンジェリスト 牛尾の日記です。ソフトウェア開発の上手なやり方を追求するのがライフワーク。本ブログは、個人の意見であり、所属会社とは関係がありません。

ソフトウェア開発の生産性を阻害する「気軽に聞けない」ことの考察と対策

 マイクロソフトの DevOps テクニカルエバンジェリストになる前から、ずっと不思議だったことがあります。

それは、「アメリカのエンジニアの生産性の高さ」です。素晴らしいサービスは大抵彼らから生まれていますし、彼らを見ているとアウトカムも生産性も非常に高く感じます。

f:id:simplearchitect:20160210174810j:plain

 私は個人的にこの秘密を解く旅の途中にいます。私はインターナショナルチームに所属しているのですが、同僚と一緒に働いたり、ハッカソンをしたりして気づいた1つの仮説について共有したいと思います。

気軽に「聞けないこと」が生産性を阻害しているのでは?

   以前私は「米国のエンジニアはコンピュータサイエンスを専攻している人が多くすごく優秀で、さらに英語が出来るので、技術収集するのも楽だから相当アドバンテージがある」と思っていました。  英語に関してはそうだと思いますが、彼らの個々の人がそんなに優秀かというとそうでもないことに気づきました。それどころか個々の人だと、日本人の人のほうが優秀な人が多いんじゃないだろうか?と思うぐらいです。

 これにはいくつの要因があると仮説を立てているのですが、その大きな要素の一つである「気軽に聞けない文化」について考察してみたいと思います。

 私を含めた日本人は気軽に何かを聞けません。聞いたところで、「ググれカス!」と言われたり、「よく調べてから質問しなさい」という風に言われることもよくあります。  米国で仕事をしているときは、誰でも気軽に質問していることに気づきます。それもとってもしょ~もない質問でも気軽にするのです。そして誰も「ググれカス」とかいいません。

 私が気づいた衝撃的な例をお話しすると、どれだったかは失念したのですが、確かAppleの製品発表の時に、故Steve Jobs氏が、iPadiPhoneか何かの新機能の特徴を説明していました。その直後の質問コーナーで、質問した人がいたのですが、その内容が「新機能の特徴を教えてください」というもので、私は「なにいっとんねんこのおっさん!今Jobsが話していたばっかりやん!」と思いました。 ところが、Jobsは「Good question」といって先ほどした説明をまったく同じように繰り返していました。そして、その質問者は満足したようでした。

 私の職場でも、とっても優秀な人でも、日本だったら「えっ?そんなこと聞く?」ということでも自分が知らなかったらカンタンに隣の人に聞きます。例えばマイクロソフトに入社した人が「Azureって何?」というレベルのことを質問しているぐらいの勢いでも誰も問題と思いません。知らないことは知らないのです。

 実際に気軽に質問することを実践すると、相当効率がよく感じます。聞けばその場で自分よりよっぽどわかっている人から教えてもらうことができます。もし、その前に自分でググるとすると、自分で調べる力はつくかもしれませんが、結局のところ自分がよく知らないことなので凄く時間がかかってしまいます。だから、気軽に教え、教えられしていると、本当に効率よく仕事が進みます。

気軽に聞くためには、「簡単に断れる」ことが必要

 さらに気が付いたことは、この「気軽に聞ける仕組み」を作るためには、「気軽に断れる空気」を作ることが重要だということです。これは、スポーツカーが速く走れるのは、良いブレーキがついていて、いつでも止まれるからということに似ています。

 例えばハッカソンをしていて、ハッカソンのサポートをしてくれる同僚がいます。彼らに助けを求めたら、気楽にきてくれますが、自分がわからないと簡単に「わからないから、あいつに聞いたらいいと思うよ」とか、「うーん。わからないないなー、サポートに聞いたら?」とか言います。これは、社内だからとかではなく、お客様を相手にしていても同じなのです。そして、サポートを受けたほうも「助けてくれてありがとう」って笑顔で返します。

 もし、これが日本だったら、自分がサポートをしている以上、一旦お客様から質問を受けたらサポートに連絡するとか、自分も一緒になって意地でも最後まで付き合うとか、 「後日回答します」と最後まで責任を持ったりするところです。    よくよく考えたら、やくざ映画や、寅さんとかを見ていても、「頼まれちゃぁ断れねぇなぁ」といって、一旦助けを受けたらとことんやっちゃうのが日本人の性質だと思い出しました。だから、気軽に助けを受けず、ググれカスとか、調べてから来なさいということを言いますが、一旦受けたからにはとことん助けてくれます。

 また、助けを受けて、途中で投げ出すと、相当いい加減に見られたり、頼りにならないと思われたりもします。

それは、素晴らしい美徳ですし、顧客対応に対してもいいことかもしれませんが、事ソフトウェア開発の効果や効率を考えるとこれは相当な無駄を生んでいるかもしれません。簡単に聞けて、助けになれなかった場合は、すぐに「ごめん」とできる。

これだけ、でも聞く方、聞かれる方、双方相当に楽が出来ると思うのです。

 日本の文化は素晴らしいですが、ソフトウェア開発に関してはそれがマイナスに働いている場面が多く、大変もったいなく感じます。インターナショナル環境で彼らを観察して、何か改善できそうなヒントを見つけたら共有して、自分でも実施して試してみたいと思います。

ご意見、ご感想など歓迎です!