メソッド屋のブログ

米マイクロソフト DevOps エバンジェリスト 牛尾の日記です。ソフトウェア開発の上手なやり方を追求するのがライフワーク。本ブログは、個人の意見であり、所属会社とは関係がありません。

日本をクビになる日

今回のブログは沢山の人に読んでもらいたい内容ではなく、単純に自分が考えたことの整理です。

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私が初めて、オブジェクト指向アジャイルを取り組み始めたのは2001年頃でした。なぜそのようなことを始めたか?というと、当時のシステムは自分から見ると「かろうじて動いている」という感じで、「しっかりと作られている」というイメージがありませんでした。徹夜で何とかふらふらになりながら納品したものが高品質なはずがありません。だから、自分なりにいろいろ「よいシステム開発の仕方」について学び始めました。

「現場」と正反対の開発方法論

 すると様々な気づきがありました。まず「オブジェクト指向」の分析・設計・それに使われるプロセスを学んでみると、当時の開発で行われている考え方やスタイルとまったくと言って異なっていました。「どうして会社でやっている開発と、ソフトウェアエンジニアリングで説明されているスタイルがこんなに違うんだろう?」まだそれは、あくまで疑問のレベルでした。

 ところが、平鍋さんのWebページで紹介されていた「eXtreme Programming」と出会って、人生が変わる程の衝撃を受けました。

今までの開発手法と、時には正反対のことを言っているが、自分の感覚的に凄く「正しい」気がする」これなら、私でもお客様に本当にいいソフトウェアを届けられるんじゃないか?

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 そういう思いがあり夢中になり、コミュニティ、社内外への啓もう、事例づくりにいそしみました。私としては絶対にこれは重要になるからうちの会社でもやるべき、いやうちの会社だけではなく業界でやるべき。もし、万が一、仮にそれが正しかったとしても、それは人への押し付けでしかありません。

龍野さんの一言

そんな当時の私に対して、人は「やったらいいんじゃない」、とか、「あれは宗教だ」とか様々な反応でした。私が今も尊敬する龍野さんという方がいて、その人が私に言ってくれたことが私のスタイルを永遠に変えました。

なあ牛尾よ、お前がやっていることは押し売りやぞ。北風と太陽やないけど、みんながやりたくなるようにせなあかんのちゃうか?

 当時の私にとって、その言葉はとても響きました。龍野さんは誰からも尊敬されるような方ですが、決して偉ぶっているわけでもなく、仕事もものすごくできましたがお客様からも、社員のメンバーからも上下隔てなく尊敬される人格者です。  私の行動も多くの人にはスルーされるなかで、龍野さんは相当にサポーティブに助けてくれていました。そんな方の一言だから響いたのかもしれません。  

 その後私はスタイルを変えて、自分のモットーが「相手を理解する」になりました。お客様に対峙するときでも、何かを説明するときでも、常に自分ではなく、相手がどう思っているか、どう感じているかを常に観察、考えて、試行錯誤して、自分ではなく、その人にとっての価値を出せるようにするというスタイルです。この言葉の価値は今も変わりありません。

 そのお陰で私は、コンサルや、新しい技術導入や、教育が大変得意になることができました。独立もしましたし、教育やコンサルをやるときはいつも高い顧客満足度を得ることができるようになりました。

 更に、アジャイルのマインドセット、コンサルティングや、セラピーなどの理論や技術を学んでいく中で、どの分野であっても「人は変えることはできない」という原則を見ることができました。仕事においてだけなのですが、「人とうまくやる」ということにおいてはこの頃が人生のピークだったのかもしれません。内向的な性格ですので「無理」と思っていた結婚もすることもできました。

自分のために生きること

しかし、その後、いろいろなことが崩壊していきます。仕事上でストレスを感じることも多くなり、私の責任なのですが、妻は私の元を去りました。仕事でも、自分が相当役立ってると思えるときもあれば、ちょっとだけしか役にやっていないと思うこともありました。当時コンサル料金をたくさん頂いていたのもあり、バリューが出ないと、相当申し訳ない気分でした。何よりも自分がイヤでした。

セラピーを本当のセラピストから実地を通じて学ぶことで自分的に頂点を極めた「人のことを理解する」という能力ですが、このころの私は「人のために生きている」ということに気づいていませんでした。ただ、お客様には最高に気に入られるのですが「自分が無い」気はしていました。

私の友人の細川さんは、当時の私を振り返って「あの当時のうっしーは面白くなかったよ」って言ってくれました。人にとって心地よいことはできるし、日本社会ではうまくいくのですが、私が本当に幸せだったは相当謎ですし、様々なことを我慢していました。さらに、お客様にとって、私はプロとして「本物」を迷うことなく届けられたのか?というと疑問が残ります。

  その後、先のポストでもお話しした通り「幸せシフト」を行い、「人のためではなく、自分の幸せのために、自分で人生の選択を行う生き方」にスタイルチェンジし始めました。

simplearchitect.hatenablog.com

コーチが一人前になる条件

「自分の幸せのため」に行動するようになると、私の「自分は何か一つでもいいから、プロフェッショナルと呼べるレベルの物事を達成したい」という欲がでてきました。お客様に対しても、耳障りの良くないことも言うようになってきました。コンサルタントが役に立つ大きな理由は彼らが優秀だからとかでは決してなくて、「第三者」の視点を持てることです。だから、耳障りのよくないことも正確にフィードバックする必要があります。これはとても勇気のいることで、自分がクビになるかもしれません。

ある時、一緒に働いているお客様のチームに対して、お偉いさんがたくさん並んでいるシーンで、ネガティブなフィードバックをしないといけない場面がありました。正直非常にストレスで、人に嫌われることは確実で心も痛みましたが、勇気をもって、少なくとも自分的には正確なフィードバックを実施しました。今はすぐにわかってもらえないと思うけど、そのチームに必要だと思ったからです。 

その後そのチームにはあまりかかわれなくなりました。当然だと思います。スクラムコーチの世界では「クビになったら一人前」という言葉があります。チームに耳障りのいいことだけしている人は半人前。 私はその会社さんではその後もほかのチームのご支援をしていましたので、まだ私は半人前と言えます。

第三の方法

そんな過程を経ている中でマイクロソフトのインターナショナルチームに参加して、世界と日本の圧倒的な差、そして、15年経過しても進歩が少ない現状を目の当たりにして、今までの「ソフトランディング」な方法でよいのだろうか?という疑問がでてきました。そんな中インターナショナルチームのメンバーから刺激を受け、学んだことで、日本と、西洋のマインドセットの違いに到達しました。 しかし、マインドセット、つまり、人の考え方を私が変えようというのはおこがましいことです。しかし、このままでは、、、というジレンマがあります。どうしたものか、、、そこで考えた作戦が次の仮説です。

人には何も押し付けないけど、自分の思った事は発言する。そして、自分が自ら自分がいいと思う行動することで、それを気に入ってくれる人を増やすようにしてみる。

  世界を変えたかったらやることは一つで、自分が変わることしかありません。人は変えることはできませんが、私が、西洋のマインドセットのうち見習ったほうが良いと考えたことを自分で常に実践することで、もしかすると人が「あの人楽しそうだな!とか、あの人生産性高いな!」とか感じてくれるかもしれません。また、「本当はそう思っていても言えない」と思っている人がいたとして、私が常に思っていることを躊躇なく発言していると、「ああ、言ってもいいんだ!」と思う人が増えて、自由でフラットなコミュニケーションができるようになるかもしれません。

 これは万人に受け入れられる考えでもないですし、仮説でうまくいくかも全然わかりませんが、自分が思った事を誰に対しても発言するが、他人にはそれを求めない。「人から学ぶ」「人を理解する」ことは続けるが、「自分はこう思う」というのは明確に発言する。ということを実験してみたいと思います。

日本をクビになる日

 よくよく考えると、今も尊敬する龍野さんも、人の気持ちを理解できるだけではなく、主任の当時、事業部長を説教したといっていました。私が多大な影響を受けている倉貫さんも、自分の思うことは誰の前でも明確に発言しています。私は正直気が弱いので、内心は勇気を出していますが、今後もこのアプローチをまず一定期間実施して仮説検証をしてみようと思っています。

 私は常に何か一つでもできる人になりたいと思っています。今はどれも中途半端です。でも、いつかこれを続けていたら、日本を「クビ」になる日が来るかもしれません。先日の投稿を読んで「震えた」と言ってくれた人がいました。あの投稿がほんの少しでもいい影響があったて、喜んでくれた人がいるなら、本当に怖かったけどやってよかったなと思います。

そして、「日本」をクビになる日がやってきたら、もしかしたらそのときこそ、私がやっと一人前になれるときなのかもしれません。

龍野さんや、倉貫さんのレベルにはまだまだほど遠いですが、自分のために、楽しんでぼちぼちやっていきます。