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メソッド屋のブログ

米マイクロソフト DevOps エバンジェリスト 牛尾の日記です。ソフトウェア開発の上手なやり方を追求するのがライフワーク。本ブログは、個人の意見であり、所属会社とは関係がありません。

生産性を向上させるためには、日本人エンジニアに英語での会話力は必須だと思った

私はマイクロソフトのインターナショナルチームで働いています。特に私は以前からUSのエンジニアの生産性の高さの秘密を学びたいと思っています。今回は同僚からの何気ない一言からの気づきをシェアしたいと思います。

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David からの何気ない一言

私は無宗教で葬式の時は曹洞宗なのですが、以前から聖書には興味がありました。私の叔父はドイツ、アメリカに長年住んで仕事 をしていました。そんなガチに海外で生活していた彼が言っていました。

彼らの文化を理解したかったら聖書を読むのがいいよ

 確かにイギリスにいた時もあらゆる場面で、日本に帰っても海外の映画を見ても様々な場面で、聖書の影響を感じます。 私は自分の仲間をより理解したいし、明るさ、生産性の高さ、芸術性などを本当に尊敬しているので、是非ともその考えを学んでみたいと思っていました。

 私の尊敬する同僚の David もクリスチャンなので、彼にどの聖書を読んだらいいか教えてもらいました。スノボに行った時も会話しましたが、昨日改めて私に一番あった聖書を選んでくれて、一言こう言ったのです。

君がこの本を読んで、一緒にディスカッションをするのを楽しみにしているよ。

たぶん、日本人だったら、自分がよく知っている分野の本をお勧めした場合、こうは言いません。きっと「読んだら感想聞かせてな」だと思います。

初めてその分野の本を読もうとしている人に「ディスカッションをしよう」という発想自体がありません。

マイクロソフトではやたらディスカッションが多い

そういえば、自分のチームもやたらディスカッションが多いことが頭によぎりました。一方的な情報伝達の会議みたいなものはほぼなく、 定例会議も例外なく、ディスカッション形式のものです。もしかすると、日本でイメージするディスカッションとUSでのディスカッションは意味が 違うのでしょうか?英英辞典で調べてみました。

  1. If people discuss something, they talk about it, often in order to reach a decision。

  2. talk about something with a person or people

違う辞書で調べてみましたが、1. の場合はほぼ同じイメージ。ただ、2. の場合は、日本人の持っている「議論」よりは「お話し」 というノリに近い感じです。しかしどちらの定義も日本人が持っているイメージよりずっと気軽に話をする感じです。

ディスカッションはバトルではなく、楽しいもの

 自分が持った違和感の正体を考えてみると、「ディスカッションはその対象をよく知っている人同士がやるものである」というイメージがあることに気が付きました。では、「ディスカッション」は何のためにやるのでしょう?

 私が持っていた「ディスカッション」のイメージを掘り下げると、意見を交わして「どちらの意見が正しい」みたいなことを決定する勝ち負けがあるものでした。確かにそのイメージだと、初めてその本を読んだ人が、ベテランと話をしても意味がなさげです。

これは先の 1. の方の意味合いに近いです。だから「ディスカッション」はバトルみたいなイメージがありました。でも実際に、自分のチームで活動をしてきた経験を思い起こしてみると、どうも 2. のほうがよっぽど機会が多く感じます。

その目的は

「お互いが持っている意見を交換して、知識や考えを深めること」

 で、ディスカッションは「楽しいもの」というイメージがあります。ディスカッションをすることで、自分のわかってなかったこととか、気づいていなかったことを知ることができます。これは楽しいことです。

 本や資料を見ることは一方通行のコミュニケーションですが、フィードバックがあるので相当短い間に高い位置に近づくことが できます。そういえば今のチームのコミュニケーションでは、一方的に伝達があるコミュニケーションの形態はほぼありません。

 よくよく考えると、考えを「深める」というと、「その分野をよく知っている人だからできる」というイメージがありますが、 知識「0」の人だって「0」から考えを「深める」ことは可能です。  

何かを一から学ぶにしても、一方方向で本当に理解できているかわからないことより、双方向のほうがフィードバックを得られるので、明確にわかってないことがわかりますし、一緒にいる人もわかっていない部分を「ちがうんとちゃう?」って言ってあげることができます。これはすごく生産的だしうれしいことですね!  

「間違えてたら恥ずかしい」感覚はもったいない

 自分の心に聞いてみると、自分が持っている「初心者のうちはまず自分で学んで、成熟したらディスカッション」という考えの裏には「自分がいうことが間違えてたら恥ずかしい」という感覚があったように思います。

 以前このブログでも書きましたが、自分がどんなレベルになっても、「知らないものは知らない」し、「理解を間違えているものは間違えてる」だけであって、だれでもあるし、恥ずかしくもなんともないと思います。それを知っているふりするほうがよっぽどかっこ悪いし、他人のそれを許容しないのもチームの生産性を考えるともったいない気がします。そして、それを後でこっそり調べるのも本当に生産性的には無駄な作業だと思います。理解できるまで聞いちゃえばその場でバリューが出ます。

自分にとってわからないことを聞くだけでも十分

  そう考えると、ディスカッションをは「どっちが正しい」とかまったくもってどうでもいいことで、「自分の考えが自分なりに深めるための行為」と考えると、初心者時代からそれをやったほうがよっぽど効率がよさそうです。

   ちなみにディスカッションといっても、素晴らしい意見をいうとかじゃなくても全然かまいません。「教えてもらったけど、俺全然理解できてないわ」とか、「この用語ってどういう意味?」とか、ある意味理解できてなくてかなり的外れなことを言ったり、質問したりしてもそれで充分なディスカッションです。素直な気持ちを隠さず表現すればいいだけです。誰も「的外れだから勉強して来い」とか言いません。

だから全然自分にとって知りたいことをお話しするだけで十分です。

合意できないことに合意できる

 日本のマイクロソフトのエバンジェリズムのトップを務める伊藤かつらさんに教えてもらった言葉で「Agree to disagree」というのがあります。

「合意できないことに合意する」という意味です。別に合意なんかしなくても、どっちが正しいとか強引に決めなくても、相手のことを理解する助けになりますし、それでいいのではないでしょうか?   そう考えると、自分の考え、知識を深めることができるなんて、なんてディスカッションって効率的だしなんて楽しいんでしょう!これが、「正しくないといけない」とか「議論に勝たないといけない」とか思うとめんどくさいし、楽しくなさそうです。そしてどうでもいいですね。

 思い起こしてみると、同僚がディスカッションをして意見が違うことがあっても、感情的になったり、揉めるとかそういう場面を仕事では見たことがありません。自分の意見を「こう思う!」というのはいいますし、「合意」に達しないことはありますが、「自分の理解を助けてくれてありがとう」といったノリであることが大半だと思います。

だから彼らはディスカッションしたがるんじゃないかなと思いました。

技術者には英語での会話力が必要

我々エンジニア系の英語に対する意見はいろいろあって、コンピュータ系の場合は英語はできたほうがいいという意見が多いですが、「読み書きさえできればいい」「話す機会はほぼないから、せいぜい講演が聞けたらいい」とか、そういう意見が多くて、「会話」はあまり重視されていません。正直言うと、私も英語の勉強が趣味だから会話は練習しましたが、正直「エンジニアとして必要だから」勉強したという感覚ではありませんでした。

 しかし、今、初心者の頃から「ディスカッション」をさせてもらえることの楽さと効率の良さが理解できてくると、今の自分のしょぼい英語力が本当にはがゆくなります。

 私の同僚はUSの人はすくなくて、私と同じように2nd Language learnerがほとんどです。ヨーロピアンとか、南米とか、インドの人とか中国の人とか皆、ガンガンにディスカッションをします。よく聞くと彼らの英語力が素晴らしいかといえば微妙かもしれませんが、それでも自分の思ってることをガンガン伝わるまで話して、ほかの人の意見も理解できるまで聞いてディスカッションをしまくっています。

むしろ「わかってない」からディスカッションする

 私は、彼らがそのことをよく知っているからだと思い込んでいましたがよくよく思い起こしてみるとそうじゃないのかもしれません。むしろ「わかってない」からディスカッションをするのではないでしょうか?

 今の実力とか、あってるか否かは関係なくて、自分がそう思っていることを話してそれでフィードバックを受けて、お互い影響しあって、考えや知識を深めて、そして話終わったら、お互い「助けてくれてありがとう」という感じの気がします。

 今はスカイプや、音声チャットなど普通にできます。チャットでもできますが、音声のほうが100倍以上情報量がありインタラクティブ性があり、フィードバックが早いです。日本人でも、すごくイケてる技術者の人は、知らないことを知らないと素直に言うし、自分の意見が合ってるとか間違っているとかを恐れず、自分の意見をシェアします。

  こういう楽しい「ディスカッション」ができる体質に多少なりともなることで、いろんなことが楽になるし、効率的になっている気がします。

日本だけに閉じているのはもったいない

 そうなると、こういうすごく効率的なことを「日本国内」だけでやるのはパイが少なすぎるので、すごくもったいないと思います。例えば私は、DevOps のことが分からなければ、DevOps のことに超絶詳しい David やチームメートとディスカッションすることができます。海外カンファレンスに行けば、著名な本を書いている経験ある著者と直接ディスカッションができます。これは本当に効率的なことです。

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こんな楽ちんになることが、英語の会話力がないばっかりに、この恩恵を受けられないとなると相当効率が落ちてもったいないです。逆にもっと会話力があれば、もっと楽に知識を深めれるのに!!!と思うわけです。私も歯がゆいのでもっと高めたい!

 最近はディスカッション重視のカンファレンスが増えているように思います。DevOps Daysなども、著名な人のプレゼンオンリーより、参加者同士のディスカッションが重要であるようです。それも今ならそちらのほうが価値があると十分うなづけます。

いわゆる「英語力」ではない「会話力」が重要

 ただし、ここでいう「会話力」は英語のTOEICのスコアが高くなってから、、、とかじゃなくて、たとえそれが300点台であっても、自分の言ってることを伝え、相手の言っていることを理解する「気合い」もしくは「慣れ」の要素での「会話力」だと思います。

 私も昔イギリスに行っていたときに、英語力が下から2番目の「Elementary」のクラスの奴が、イギリス人のネイティブの女の子をナンパしようとしていました。(そして会話が成立していましたw)別に高度な表現を使う必要はなくて、しょぼかろうが、単語だろうが、伝える、理解しようとする意志の問題だと思います。正直私もここはまだうまくできていませんが、技術ではなく意識の問題じゃないかと思っています。今までは「会話力」のメリットをそこまで感じませんでしたが、「ディスカッション」の楽さと効率性を知ってしまった今となっては是非身に着けたい能力です。

まとめ

そういえば、昔、スクラムの第一人者の江端さんがこんなことを言っていました。

僕は本を読まないんですよ。直接作者に会いに行きます。

当時は単に「スゲーな!」と思いましたが、今考えると、最も効率的に新しい技術を学べる素晴らしいTipsと思います! 是非皆さんも「ディスカッション」の楽しさを実現するために、まず自分から一歩を踏み出してみませんか!海外の話だけではなく、自分から、自分の職場で「楽しくディスカッション」することから始めてみませんか?

というか、私がまずやってみたいです! 日米の環境問わず、こんなことから始めてみようと思っています。

  • 素直に自分の思ったことを言い、理解できるまで相手の話を聞くようにする (日、英関係なく。自分のレベルや、あってるかは気にしない)
  • ディスカッションは、お互いの知識を深め合うための助け合い行為だと思って話をする
  • ディスカッションを楽しむ。意見が違う人がいても、フィードバックが得れたとか、違う意見が聞けたと喜ぶ
  • 知らないこと、よく理解できてないことほど正直にそういう。たとえ相手がだれであっても。結局そっちのほうがフィードバックを得られ、誤解もなく、得ができる。

そして

  • 自分や、相手が、「知ってる」か否かどうでもいいこと。今の瞬間から、お互いの位置から、お互いが知識をシェアして高めあうことを助け合い、楽しむことに集中する。今、その瞬間の楽しみと、生産性の向上に注力する。

ということを心がけて、明日から実践してみたいと思います。実験なので、何かまた気づきがあればシェアしたいと思います。

とりとめがありませんが、自分のメモとして。