メソッド屋のブログ

米マイクロソフト DevOps エバンジェリスト 牛尾の日記です。ソフトウェア開発の上手なやり方を追求するのがライフワーク。本ブログは、個人の意見であり、所属会社とは関係がありません。

感動アプリケーション

最近の自分にとってのテーマは「感動アプリケーション」というコンセプトを追求することだ。

コンピュータ業界はまだ成熟していない「若い」産業だと思うが、先の産業を観ていると、結局のところ「素晴らしいアプリケーション」というものがあるとすると、「感動アプリケーション」なんじゃないかと思う。


例えば、音楽とか、ミュージカル等の演劇などは、単に演奏をしたらいいとか、技術的にうまければいいとかではななくて、つまるところお客様がそれに触れていると「何らかの感情」が生まれてやっと、芸術のレベルになっているのだと思う。


成熟した産業の「素晴らしい商品」も同じだと思う。その商品がある機能があるから良いとか、スペックがどうこうとかで人がそれを欲しくなるんじゃなくて、その商品がどうしても欲しくなってしまうような「感情」が起こったり、その商品を手にした時に「おお〜これええわぁ」とか「むっちゃ便利やん」とか「うぉ〜。おしゃれや」とかそんな「感情」がわき起こるようなものがそうなんだろうなと思う。


例えば手前味噌だが、私はスバルのレガシィの4代目に乗っている。


レガシィブログ-LEGACY BLOG: 4代目レガシィ 開発への思い


このレガシィの開発時のコンセプトが「感動性能」なのだスペックとか280馬力とかそんなのじゃなくて、お客様が乗った時に「感動」してもらえるか。そういう基準で開発されている。


確かに乗ると、乗り心地もちょうどいいし、専用にチューニングされたステレオのMcIntoshはむっちゃ音がいい。加速もそこらのしょぼいスポーツカーを倒せるぐらいの気持ちよさで、ワゴンだから雪山にいったときも荷物がたっぷりつめて、なお且つ、雪道や雨の日も全く安全に快適に運転できる。本当に「気に入らない」ところが見当たらない。何回のっても、「やっぱりレガシィはええなぁ〜」と思ってしまう。


しかし、世の中のアプリケーションはどうだろうか?みんななんか「使いにくい」とか「使えない」とか言っているようなアプリケーションが大半なんじゃないだろうか?私を含めて技術者の人はいろんな制約の中で一生懸命やっている。お客様が喜んでくれるにはどうしたらいいだろう。と思ってオブジェクト指向アジャイル開発や、要求開発…いろんなものに取り組んできた。今は、単純にお客様が感動するような、「感動アプリケーション」を作ればいいのでは?と思っている。


しかし、感動って難しい。どうやったら起こるだろう。


「感動」とは何かを考えていたら、どうやら感動の専門家が世の中にはいるらしいので本を読んでみた。この本は薄いけどとてもいい本だった。

感動力 (サンマーク文庫)

感動力 (サンマーク文庫)

この本の定義では、

「現実」が「思い」どおりだと「満足」、
「思い」どおりじゃないと「不満」
激しく「思い」どおりじゃないと、「怒り」という感情が発生する


そして、「現実」が「思い」を上回ると「感動」が生まれる。
さらに

誰かにもらった感動を分かち合うプロセスで表現力を磨き、期待と実感のギャップを創り出せれば、感動という結果を生み出すことができるのである。


とある。さすが感動プロデューサという定義ぶりでとってもいい定義だと思います。


確かに考えてみると、ソフトウェアでいうと昔、X1というパソコンを使っていたけど、その時にBasicのカセットを入れ替えただけで、50秒かかっていたグラフィックが1秒で済むようになったということがあって感動したけど、これはこの類かなぁ。


#ちなみにこの本は他にもとってもいい話があって、読んで良かったなと思える本でした。


でも、これは「最初に出会ったとき」ということであって、例えば音楽や商品でも、何回つかっても「やっぱり、ええなぁ」と思うものって「現実」が「思い」を上回って感動しているのだろうか?と考えると、「感動アプリケーション」の感動はよくわからなくなる。


下記の本だったか忘れたが(探したけど乗っていなかった。下記の本も、顧客の体験や共感の話が多く出てくる本。お勧め。)
いいアプリは「ユーザが目的を達成する時間を短縮する」とかいった事も乗ってたような気がする。


下記の本にもWow!つまり、感動を持続させるためのプロセスなんかも乗っている。

Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る

Subject To Change ―予測不可能な世界で最高の製品とサービスを作る

「何回も体験しているけど感動」の類の者は、優れたバランス、シンプルさ、まるで自分の今の状況のためにあつらえたようになっている、自分にとっての成熟度(つまり自分にとって気が利いている感覚)、高いレベルでの当たり前品質、高い完成度、スタイリッシュでずっと使っていたくなる… さらに、感動にはその時の「状況」や、「対象」によっても違う。そして、それを創った人や、売っている人によって「感動」があるかもしれない。考えれば考えるほど奥深く難しい。だから価値がある。


アプリケーションの世界では、Gmailとか、AppleiPhone, iPodそして、Macなんかもおもいっきり
そうだ。Steve Jobsはいつも「感動アプリケーション」を創っているから凄いと思う。


ソフトウェアの世界も成熟化してきて、他の産業と同じように、「作れば売れる時代」→「大手が幅を利かす時代」→「安売りの時代」を経て「専門店」そして、「体験」の世界に来ている。


周りの優れたエンジニアや、ソフトウェアコミュニティの動向を見ても「技術」のみの議論から、「人」そして、「ユーザ体験」さらに「感動」へと移ってきている。逆にいうと、「要求開発で価値のあるソフトを創ること」や「ちゃんとしたアプリケーション作れること」は当然になってくるのだろう。


私も昨年心理学やセラピーの技術を実践して学び、今年は技術系以外ではマーケティングの物の見方に非常に興味がある。周りではデザイン/ユーザビリティ/人間中心デザインが人気だ。


まだ正直「感動アプリケーション」の姿には到達していないが、これからも追及していこうと思う。いつも、その時の状況下で「これでお客様に感動してもらえるだろうか?」という価値を追求してみたい。

そして、そのアプリケーションをお客様に触ってもらって感動してもらって「ホンマあんたで良かった」っていってもらいたいな。